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眼科医療活動を始めた経緯
94年1月、阪神大震災で、北淡町近くの津名郡津名町で開業していた大学時代の先輩、高島玲子医師の眼科診療所が半壊してしまった。 震災で淡路島および神戸地区の医療は大打撃をこうむり、白内障手術を希望する人にとって大変困ったことになった。 高島医師は、白内障手術のできる施設を作ろうと新たな手術室を備えた医院を95年1月に新築する。
私は高島医師の要請を受け、1ヶ月に3回医院に出張し、手術を始める事になった。 当初はスタッフの教育、機器の整備など慣れないため大変であったが、現在は月に40件あまりの白内障手術をコンスタントに行う事のできる兵庫県でも有数の白内障手術施設となっている。
高島眼科クリニック
高島先生の義理の弟さんである北坂氏は、ミャンマー協会に所属し、ミャンマーへの医療、農業、インターネット整備などの援助を行っている。 このミャンマー協会の招きで、98年6月、ミャンマー厚生省のミョ−・ミント医師が1ヶ月間、日本の製薬会社と病医院を見学に来られた。 その際、高島眼科にも寄り、白内障手術を見学することとなった。 彼は、外科医であるため、手術の事も良く知っており、日本の白内障手術の水準が非常に高いことを知ることとなる。 ミャンマーでは、日本ではほとんど行われていない古い白内障手術術式を行っているため、手術後の視力回復もあまりよくない状況である。 是非ミャンマーに来て当地の眼科医に新しい手術手技を指導して欲しいと、その場で要請された。
ミャンマーには行ったこともなく、ボランティア活動の経験もなかったが、白内障を患い、良い治療を受けることのできない人たちのことを聞くと、微力ながらできるだけのことをしてみようとその要請を受け、99年2月に初めてミャンマーを訪れた。